ファインダー'82〜F-1は遠かった
(2003.05.14)


 そういえば、ウッツンは星が好きだった。よく28mmで天体写真を撮っていたし、なんとかという天体の月刊誌も購読していた。中学も3年を迎える頃になるとウッツンのパーマはさらに強くなり、ほとんどヤンキースレスレ状態であった。そんな彼が天体雑誌を読んでいる姿は、正直ちょっと笑えるものがあった。

 私が撮影に出かけるとき、ほとんどが夜明け前出発というパターンだった。夜行列車を撮るためである。ウッツンを誘って夜明け前の線路際に立つ。私は線路の彼方を見つめているのだが、彼は空を見ている。そして、私に星座の解説をしてくれる。風貌と話の内容が一致してないので、いつもおもしろさだけが印象に残り、話の内容を全然覚えていなかった。

 その頃、私はリバーサルフィルムを使いはじめた。ウッツンは
「なんでポジ使うねん。高いやろ?」と聞いてきた。
「雑誌のカラー写真はポジやないとあかんねや」
「??? なんでオマエと雑誌が関係あるねん?」
ウッツンは意味を理解していなかったようだ。
「あのな、俺はこれから雑誌に投稿して、その原稿料でF-1を買うんや。俺は本来F-1を使うべきなんや。しかし投資する金がない。おかんに相談したら『アホ』のひとことや。まあ、あのおかんに芸術を理解させるというも無理な話やからな。とにかく金がいる。そやから原稿料稼ぐんや」
と私が説明した。すると、ウッツンは呆れた顔をして笑いながら
「まあ、勝手にがんばれや」と言った。

 雑誌に掲載前提なので、フィルムはコダクロームを使った。KRである。数本使ったところで、金が尽きた。当然、雑誌にはそう簡単には掲載されない。以後、使うフィルムのメインはモノクロ・トライXに移った。掲載されるのは、この際カラーでなくてもモノクロでもいいと方針を変えた。

 ウッツンは
「おい、オマエの写真、いつ本に載るねん? ほんでF-1いつ買うんや?」と何度もしつこく聞いてきた。
「やかましい。計画は順調や。今に見とれよ」
F-1が欲しい、というたんなる”欲望”を”計画”と勘違いしていた。

 その後、念願かなって一度だけ雑誌に写真が載った。しかし、その原稿料は、あと数百回掲載されないとF-1は買えないほどの微々たるものであった。




大阪・ユニバーサルシティ

2001.6

Canon NewF-1 FD28mm F2

ダイナハイカラー100

※写真と本文は関係ありません