ファインダー'82〜カメラを磨く日々 その2
(2003.05.07)


 ウッツンは、いわゆる不良タイプではないが、真面目ぼっちゃんタイプでもなかった。パーマをかけ少し「ませて」いたので、ちょっと見たところ中学生には見えなかった。学校以外では、サングラスをかけ、また服装がどちらかというとヤンキー寄りだったので、ますます年上に見えた。ウッツンは7歳上の兄さんがいることも影響しているからか、自分の知らないことでも知っていたし、音楽や身につけるもののセンスも全然違っていた。私は二人兄弟の上なので、ウッツンをみて「兄や姉がいたらなあ」とよく思ったものだ。

 ふだんはウッツンに、けっこうバカにした言い方をしていたものの、内心憧れるところもあったと思う。ただでさえ好奇心が旺盛な十代なかばのこと。自分よりオトナの世界をよく知っている彼の影響は自分にとってけっこう大きかった。だからこそ、写真の知識では負けたくないと、写真の勉強に関しては熱心だった。このエネルギーを学校の勉強に向けていれば”進学校〜国立大学〜一流企業or国家公務員”と進んでいたのかもしれないが、そういうことには全く興味なかったので、”公立高校〜浪人〜私立大学〜三流会社”という華のない展開になった。べつに後悔してるわけではないが。

 ウッツンは、これでけっこう学校ではモテていた。女の子と話をするのがうまかったし、性格も明るかったので彼を想っている女子はそこそこいたと思う。しかし、ウッツンと好きな女の子の話をした記憶があまりない。ひょっとしたら奴は、私が全然モテないので、その手の話題は私との間では気を使って避けていたのかもしれない。ウッツンは、人によっては呑気で軽そうな奴にも見えたかもしれない(実際そういうところもあったが)。けれど、実はけっこう気配りする繊細な部分を持ち合わせた奴だったと思う。それでもお互いズケズケと言いたい放題できていたのは、彼の器の大きい性格のおかげだったと今にして思う。

 そういう気のあった友達だったので、よく彼と撮影に行った。当時、私のメインの対象は鉄道だったが、彼はスナップだった。彼が私の撮影についてくることもあったし、私が彼のスナップにつきあうこともあった。二人とも、しばらくは50mmF1.8でがんばっていた。機材は貧弱でも、そのときはそれでとても楽しかった。




香川県・予讃線観音寺−詫間 1985.8

Canon AE-1PROGRAM New FD70-210mm F4

KR(コダクローム64)

※写真と本文は関係ありません