ファインダー'82(2)〜一眼レフを買った頃 その2
(2003.04.03)


 AE-1プログラムを買った悪友は、「ウッツン」というあだ名がついていた。中一ですでにパーマをあてていた彼は、髪の毛のことを言われると「天然や」と断言していたが、私はそうでないことを知っていた。そのパーマは、いわゆるヤンキーリーゼントではなく、どちらかというとサラリーマン風パーマであった。

 そういうウッツンと仲良くなったのは中学に入ってすぐのことだ。入学式の翌日、教室の席はまだ名前順だった。私の名字が「イ」で彼が「ウ」、彼は私の隣にいた。クラスで学級旗を作ることになり、みんなまじめに案を練っていたのだが、
「やってられんなあ」と悪態をついたのが私とウッツンだった。結果的に、クラスで最初に先生から「どつかれた」のがこの二人となった。

 それがきっかけで仲良くなったのだが、そのうちお互いカメラに興味を持っているということがわかった。ウッツンはまだ何を買うか決めてなかったが、キヤノンが欲しいということだけははっきりしていた。理由はわからないが、たぶんCMのセンスがよかったからだろう。その頃、私はAE-1プログラムを買うことに決めていて、それを聞いたウッツンは「AE-1にしよかなあ。いや、やはりA-1がええなあ」と楽しく悩んでいた。

 てっきり悩み続けていると思っていると、ある月曜日に突然
「俺、AE-1プログラム買ってん」
と満面の笑みを浮かべて私に報告してきた。う〜ん、先を越されてしまった。

 まあ、その2ヶ月後には私も同じカメラを買うことになる。私たちがきっかけで、クラスでは一眼レフが一大ブームとなり、ミノルタのX-700やオリンパスのOMシリーズを買う人間が続出した。AE-1プログラムオーナーは他にいなかったので、ウッツンと私はAE-1プログラム以外のカメラをけちょんけちょんにケナしていた。とりあえず、1982年は楽しい日々であった。




大阪・淀川河川敷

2001.6

Canon AE-1PROGRAM FD28mm F2

PRESTO400


※写真と本文は関係ありません